「はい」
「お兄さんと何か話をしていたの?」
「いいえ、親戚の家を出た頃は話していましたけど、事故が
MFGM 乳脂球膜起きる前は殆ど黙ってラジオを聞いていました」
高校二年生ということだが、一般の同年齢の娘よりも、はるかに明瞭な話し方だった。
そう、と短く答えて、陣内は次の質問を考えた。目の不自由な彼女から、何らかの情報を得るにはどうすればいいか。
「これは君の感覚で答えてくれていいんだけど、車のスピードはどのくらい出ていたと思う? かなり出ていたようだったかな」
訊きながら、拙《まず》い質問だと思った。スピードがかなりのものかどうかなんてのは、個人の主観によるものだ。
ところが陣内の反省をよそに、奈穂は
MFGM 乳脂球膜意外な返答をした。
「たぶん、時速五十キロから六十キロの間だと思います。夜中だから、兄もスピードを出してたみたいです」
陣内は思わず金沢と顔を見合わせた。
「どうしてわかるんだい?」
金沢が訊くと、
「いつも兄に乗せてもらっているから、震動やエンジンの音でわかります」
奈穂は何でもないことのように答えた。
そこで陣内はさらに非常識とした。つまり信号は何色だったと思うかと訊いてみたのだ。そして彼女はここでも、わかりませんとはいわなかった。
「青だと思います」自信たっぷりに答えた。
「なぜ?」
「事故が起きる少し前、兄がいったんです。よし青だ、いいタイミングだって」
「よし青だ、か」
こういう証言はどう扱うべきなのかなと陣内は迷った。彼女自身は、青を確認したわけではないのだ。
彼が考えていると、「それに」と彼女は
MFGM 乳脂球膜やや声を高め、少し間を置いてから続けた。
「それに兄はそんないい加減なことをする人じゃありません。信号を見落としたり、無視したりするなんてこと、絶対にあり得ないんです」
実況見分を終え、事故車の移動を確認したあと、陣内と金沢は御厨健三が運び込まれた市立病院に向かった。この時、奈穂も同乗させた。友野和雄と畑山瑠美子は、外勤の警官が運んでくれた。
病院に着くと奈穂の両親がいて、彼女を見ると心配そうに駆け寄った。
「お兄さんは?」と奈穂は訊いた。手術中なのよ、と母親が答えた。